今日は何の日? -2018年02月13日-|フィデリ・今日は何の日?

今日は何の日?2018年02月13日

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今日は何の日?

・苗字制定記念日/名字の日

1875年2月13日に、明治政府が「平民苗字必称義務令」という太政官布告を出し、すべての国民に姓を名乗ることを義務づけたことに由来。



今日の人物

植村 直己(ウエムラ ナオミ)

世界初の偉業達成後、伝説となった冒険家

1941年2月12日、兵庫県城崎郡日高町(現在の豊岡市)で、植村藤治郎・梅夫妻の末っ子として生まれる。少年期より同郷の加藤文太郎(浜坂町(現在の新温泉町)出身)に憧れ、学校行事で登った蘇武岳を皮切りに但馬の嶺々への山行を始める。高校卒業後、豊岡市の新日本運輸(現在は廃業)に就職。しかし翌1960年に明治大学農学部農産製造学科に入学、山岳部へ入部してからは登山に没頭。同じ明治大学山岳部の小林正尚のアラスカ旅行の話を聞いて、海外の山へ憧憬を抱くようになる。

1964年5月2日大学卒業後、就職試験に失敗、アルバイトで貯めた金を元手に、周囲の反対を押し切って横浜港から移民船「あるぜんちな丸」に乗り込み、アメリカ・ロサンゼルスへ向かう。到着後、苦労して職を得るがすぐに不法就労でつかまる。なんとか強制送還を免れ、ヨーロッパへ向かう。シャモニーでモンブラン単独登攀を目指すが、クレバスに引っかかってしまい、失敗。しかし、モルジンヌのスキー場で冬季オリンピック滑降金メダリストのジャン・ビュアルネに雇われ、ここで資金を稼ぎながら登山活動の拠点とする。

1965年、明治大学のゴジュンバ・カン登頂隊に途中参加し、4月23日登頂を果たす。年7月、モンブラン単独登頂に成功、10月24日、アフリカ最高峰キリマンジャロの単独登頂に成功。続いて1968年には南米最高峰のアコンカグア単独登頂に成功する。このあと、アマゾン川のいかだ下り6000kmの冒険を経て、北米最高峰のマッキンリー登頂を目指すが、単独登頂の許可が下りず断念。4年5ヶ月ぶりに日本に帰国する。

日本山岳会が創立65周年事業として、エベレスト登頂隊派遣を決定、植村も参加。自己負担金を用意できず、荷揚げ、ルート工作要員としての参加であったが、抜群の体力等が認められ、第1次アタック隊に松浦輝夫と共に選ばれ、1970年5月11日、エベレスト南東稜から登頂に成功する。 しかし、大量の隊員を荷物運びとして使い、ほんの一握りしか登頂できない極地法による高所登山に疑問をもつ。

同年8月、エベレスト登頂の勢いを借りて再びマッキンリーに挑戦、単独登頂を成功させる。この時点で世界初の五大陸最高峰登頂者となった。1971年8月、南極横断距離3000kmを体感するため、同距離となる北海道稚内から鹿児島までの国内縦断を徒歩51日間で実現する。以後、植村は単独登山・単独冒険へと傾倒する。

グリーンランド北部のエスキモーとの共同生活を経たのち、1974年12月から1976年5月まで1年半かけての北極圏12000kmの犬ぞり探検に成功。1978年、犬ぞりを操って、人類史上初の北極点単独行に成功し、極点に到達した。同年にはグリーンランド縦断にも成功。

1980年、エベレストの厳冬期登頂を目指して植村を隊長とする日本隊が編成されるが、登攀隊員の竹中昇が突然の事故に遭い死去。また悪天候にもみまわれ、登頂は断念する。1982年、アルゼンチン軍の協力が得られることとなり、積年の夢だった南極点単独犬ぞリ探検を計画し、南極のアルゼンチン軍基地に待機し出発を待つが、フォークランド紛争勃発によりア軍が協力を撤回し断念。

2度の冒険の失敗に初心に戻る決心をした植村は、野外学校設立を夢見、勉強を兼ねてアメリカの野外学校に参加するため渡米。ついでにアラスカでマッキンリー登頂を目指す。このマッキンリー登頂計画は知人・友人への事前の連絡がほとんどなく、スポンサーも絡んでいなかったため、この時期に実行された明確な理由については謎である。植村の登頂開始は一部の記者のみによってインタビューされた。

1984年2月12日、世界初の厳冬期単独登頂を果たす。43歳の誕生日だった。しかし翌2月13日に行われた交信以降は連絡が取れなくなり、消息不明となる。

3日後の2月16日、小型飛行機がマッキンリーに行ったところ、植村と思われる人物が手を振っているのが確認されたが、天候が悪く、視界も悪かったので、救出することができずに見失ってしまった(最終キャンプに大量の装備が残されていたことから、誤認である可能性が高い)。その後明治大学山岳部によって2度の捜索が行なわれたが発見されることはなく、山頂付近とキャンプ跡地に残された彼の装備の一部が遺品として発見されるに留まった。やがて生存の確率は0%とされ、捜索は打ち切られた。そして現在に至るまで遺体は発見されていない。このため、最後に植村の消息が確認された1984年2月13日が、植村の命日とされた。享年44(満43歳没)。

1984年4月19日、国民栄誉賞を受賞。1994年、公子夫人と有志によって、記念館と「植村直己自然学校」が設立される。1996年、植村直己冒険賞が設けられ、毎年受賞者が選ばれている。



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出来事

  • 1130年 - インノケンティウス2世が教皇に即位。
  • 1219年 - 鎌倉幕府第3代将軍の源実朝が鶴岡八幡宮で甥の公暁により暗殺。公暁も即日殺害される。
  • 1689年 - イングランドでウィリアム3世とメアリー2世が共同統治者に就いて「権利の章典」を認め、名誉革命が終結。
  • 1692年 - スコットランドでグレンコーの虐殺事件。
  • 1820年 - 小林一茶が「おらが春」を著す。
  • 1854年 - ペリー米東インド艦隊指令長官が7隻の軍艦を率いて2度目の来航。
  • 1862年 - 坂下門外の変で安藤信正が水戸の浪士に襲撃され負傷する。
  • 1868年 - 尾張藩で青松葉事件起こり、5日間で14名の藩士が処刑される。
  • 1875年 - 「平民苗字必称義務令」布告。平民に苗字を付けることを義務付け。
  • 1945年 - イギリス・アメリカ空軍が無防備都市宣言していたドレスデンを空襲、2万人以上が犠牲に(ドレスデン爆撃)。
  • 1951年 - 地方公務員法施行
  • 1971年 - イギリスの通貨が十進記数法に移行。
  • 1974年 - ソビエト連邦がソルジェニーツィンを追放。
  • 1980年 - 第13回冬季オリンピック、レークプラシッド大会開催。2月24日まで。
  • 1984年 - ソ連のアンドロポフ書記長没。チェルネンコ政治局員が就任。
  • 1988年 - 第15回冬季オリンピック、カルガリー大会開催。2月28日まで。
  • 1989年 - 大阪市の北区と大淀区が合区して現在の北区が誕生。
  • 2000年 - グリコ・森永事件が時効をむかえる。
  • 2005年 - 新しい下関市が誕生。
  • 2005年 - 群馬県沼田市と利根郡白沢村、利根村が合併して新沼田市誕生。
  • 2007年 - ご当地ナンバーとしてつくばナンバーの払い出しが開始される予定である。

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誕生日

  • 1750年 - 蔦屋 重三郎 (ツタヤ ジュウザブロウ)-出版人。(+ 1797年)
  • 1754年 - シャルル・モーリス・ド・タレーラン=ペリゴール (Charles Maurice de Talleyrand-Perigord)-フランスのフランス革命期・第一帝政期の政治家、外交官、伯爵。(+ 1838年)
  • 1805年 - ペーター・グスタフ・ディリクレ (Johann Peter Gustav Lejeune Dirichlet)-現代的形式の関数の定義を与えたことで知られているドイツの数学者。(+ 1859年)
  • 1868年 - 岡田 啓介 (オカダ ケイスケ)-日本の軍人、政治家。海軍大将。第31代内閣総理大臣。(+ 1952年)
  • 1898年 - 安岡 正篤 (ヤスオカ マサヒロ)-日本の陽明学者・東洋思想家。(+ 1983年)
  • 1903年 - ジョルジュ・シムノン (Georges Simenon)-推理作家。(+ 1989年)
  • 1915年 - アウン・サン (Aung San)-ビルマ(のちのミャンマー)の独立運動家。(+ 1947年)
  • 1917年 - 吉阪 隆正 (ヨシザカ タカマサ)-建築家。(+ 1980年)
  • 1929年 - フランキー 堺 (フランキー サカイ)-俳優。(+ 1996年)
  • 1949年 - 南 こうせつ (ミナミ コウセツ)-ミュージシャン
  • 1965年 - 南原 清隆 (ナンバラ キヨタカ)-お笑いタレント(ウッチャンナンチャン)

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忌日

  • 1883年 - リヒャルト・ワーグナー (Richard Wagner)-作曲家(* 1813年)
  • 1914年 - ダニエル・スワロフスキー (Daniel Swarovski)-ガラス製造業者・スワロフスキー創業者。(* 1862年)
  • 1952年 - アルフレート・アインシュタイン (Alfred Einstein)-音楽学者。(* 1880年)
  • 1958年 - ジョルジュ・ルオー (Georges Rouault)-画家(* 1871年)
  • 1966年 - マルグリット・ロン (Marguerite Long)-20世紀前半のフランスを代表するピアニスト、ピアノ教育者。(* 1874年)
  • 1967年 - 鮎川 義介 (アイカワ ヨシスケ)-実業家、日産コンツェルン創始者。(* 1880年)
  • 1984年 - 植村 直己 (ウエムラ ナオミ)-登山家、冒険家、1984年に国民栄誉賞を受賞(* 1941年)

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誕生花

  • カナリーグラス
  • 花言葉:辛抱強さ

「植村 直己(ウエムラ ナオミ)」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(http://ja.wikipedia.org/)。
2018年02月13日15時(日本時間)現在での最新版を取得。

「02月13日」 『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(http://ja.wikipedia.org/)。
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