今日は何の日? -2018年01月09日-|フィデリ・今日は何の日?

今日は何の日?2018年01月09日

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今日は何の日?

・風邪の日

1777年春場所から63連勝(4年間)の記録を樹立し、230回中、負けが11回という第4代横綱、谷風梶之介(たにかぜかじのすけ)が、1795年1月9日、当時流行したインフルエンザにかかり、現役中にこの世を去ったことに由来。インフルエンザのことを「谷風」と呼ぶようになったのもこの理由による。

・クイズの日,とんちの日

とんちで有名な一休さん(一休宗純)から、「いっ(1)きゅう(9)」の語呂合せ。一休宗純禅師は室町時代中期の臨済宗の僧侶で、京都・大徳寺の住持でしたが、諸国を漫遊した。



今日の人物

リチャード・ミルハウス・ニクソン(Richard Milhous Nixon)

アメリカ合衆国の第37代大統領

1913年にカリフォルニア州南部、ロサンゼルス近郊のヨーバリンダ(Yorba Linda)に生まれたニクソンは、熱心なクエーカー教徒の母ハンナによって、福音主義のクエーカー教徒として育てられた。なお、父フランシスは家業である食料品およびガソリン販売店に専念し、それほど宗教活動には熱心ではなかった。実家は決して貧しくはなかったが、裕福でもない中産階級の少し下といった感じの質素な暮らしをしており、彼の幼少時のしつけは、飲酒やダンス、罵り言葉を差し控えるような保守的な福音主義の遵守に特徴づけられる。

その後、地元の高校を卒業しホイッティア大学(ウィディア大学:クエーカー教徒の学校)に入学、1934年に二番目の成績で卒業し、十分な奨学金を受け、デューク大学法学大学院で法律を学んだ。

第二次世界大戦の終結に伴う海軍除隊後にペプシコ社の弁護士になり、ペプシコーラの世界進出に協力。アメリカの産業を保護するという大義名分は満足感を生み、各国の炭酸市場の切り崩しというロビイ活動で莫大な報酬を得るが、本人にとっては簡単なゲームでしかなかった。国際的な弁護士の看板はヨーロッパや日本で人脈を築くのにも役立っているが、この仕事を通じて知り合った政治家の倫理観の低さには本気で呆れていたという証言もある。

しかし、その本人が1946年にカリフォルニア州で下院議員に選出された。同じ年の選挙では彼の将来のライバルとなるマサチューセッツ州のジョン・F・ケネディも初当選し、しかも退役軍人出身と言う点でも共通していたこともあり、友好的な関係を築いた。

その後、下院の非米活動委員会のメンバーになり、「赤狩り」で悪名をとどろかせた上院議員のジョセフ・マッカーシーとともに前政府高官アルジャー・ヒスの偽証罪の裁判に協力したことでその名が全米に知れ渡った。1950年には、女優であり議員のヘレン・ギャーギャン・ダグラスを破って上院議員に選出されたが、この事件が後々まで尾を引く。ニクソンは単なるリベラル派のダグラスに対して「共産主義者」のレッテルを貼り当選した。そのことが多くのジャーナリストの反感と疑惑を呼ぶことになった。

カリフォルニア州知事選挙での落選後は、ニューヨーク州に移りペプシコ社などの大企業の弁護士として活動していたが、再び政界復帰を目指し1968年の大統領選挙に共和党から出馬。リンドン・B・ジョンソン政権の副大統領であった民主党の大統領候補、ヒューバート・H・ハンフリーを僅差で破り、第37代合衆国大統領に就任する。

就任後は東側諸国に対して硬直的な態度を取り続ける国務省を遠ざけ、官僚排除、秘密主義外交を主とするホワイトハウス主導の外交を展開し、国家安全保障担当大統領補佐官のヘンリー・キッシンジャーとともに、これまでの封じ込め政策に代えて融和的なデタント政策を推進する。

ウォーターゲート事件の責任を取り辞任したこともあり、辞任後から1980年代頃まではその功績が過小評価された傾向にあるものの、ベトナム戦争における南ベトナムからのアメリカ軍の完全撤退や、当時ソ連と対立していた中国共産党率いる中華人民共和国の承認など、主に外交面で行った施策がその後高い評価を受けている。内政的にもアメリカ環境保護局(EPA)の設置やアメリカ全土の最高速度制限の設定など、主に環境対策面で大きな功績を残していることもあり、近年はその功績が見直されてきている。

またジョンソンやケネディなどと同様、ニクソンの支持基盤の1つが軍産複合体であり、特に地元の南カリフォルニアに工場を所有していたマクドネル・ダグラスと関係が深かったといわれている。また経済界では自らが顧問弁護士を務めていたぺプシや、カリフォリニアに油田を多く持っていた石油業界と特に密接な関係を保っていた。

屈辱の辞任劇の後、晩年までにニクソンはある程度公のイメージを修復することに成功し、ソ連や東欧諸国との冷戦が続く中、外交問題に詳しい長老政治家としてアメリカ国民からの尊敬を獲得した。

しかしながら、ニクソンの首席補佐官であったハリー・ロビンズ・ハルデマンや、内政担当補佐官であったジョン・アーリックマンがウォーターゲート事件への関与により有罪宣告を受け、1976年から1977年の間に懲役刑を受けたことや、ウォーターゲート事件関連のさらなるテープの公開は、事件の隠ぺいおよび不法な資金融資、民主党本部への侵入と盗聴に対するニクソンの関与に関する疑問をさらに明らかなものにした。また、ニクソンの死後の2003年7月には、1972年の大統領選挙の際の再選運動本部長だったジェブ・スチュアート・マグルーダーが、ニクソンが電話で個人的に民主党本部侵入と盗聴を命じてきたと主張した。

ニクソンは1994年4月22日にニューヨークで脳卒中とその関連症で81歳で死去したものの、ウォーターゲート事件への関与を問われた末の任期中の辞任を行ったことなどから、通常大統領経験者の死去の際に行われる国葬は行われず、一市民として生まれ故郷のカリフォルニア州・ヨーバリンダの「ニクソン記念図書館」の敷地内にある妻の墓のそばに埋葬された。

ウォーターゲート事件の後遺症もあり完全な名誉回復はついになされなかったが、デタントの推進や冷戦崩壊への貢献など、外交面で大きな成果を上げたことで偉大な功績を残した歴代大統領の1人だともいえる。しかしウォーターゲート事件では自ら主導的に遂行したり、ケネディ暗殺について何かを知りえる立場であったのではないかという説もあることなど、闇の部分をも持ち合わせた大統領であったとの評価を受けている。



プレスリリース

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出来事

  • 1260年 - 皇室の系統が持明院統と大覚寺統に分裂する。
  • 1867年 - 明治天皇が即位し第122代天皇となる。
  • 1879年 - 大蔵省商務局を設置。
  • 1891年 - 第一高等中学校講師の内村鑑三が教育勅語への拝礼をキリスト教徒の立場から拒否したため免職。(不敬事件)
  • 1905年 - ロシアの首都ペテルブルグで、労働者のデモ隊に軍隊が発砲。1千人以上死亡。ロシア革命のきっかけとなる。(血の日曜日事件)
  • 1923年 - スペイン人のファン・ド・ラ・シェルバが開発したオートジャイロが初飛行。
  • 1952年 - 電気通信省(後の電電公社)が慶弔電報の取扱いを再開。
  • 1968年 - アラブ石油輸出国機構(OAPEC)結成。
  • 1985年 - 東京・両国に新国技館が落成。

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誕生日

  • 1624年 - 明正天皇 (メイショウテンノウ)-第109代天皇。(+ 1696年)
  • 1835年 - 岩崎 弥太郎 (イワサキ ヤタロウ)-実業家。(+ 1885年)
  • 1890年 - カレル・チャペック (Karel Capek)-チェコの作家、ジャーナリスト。(+ 1938年)
  • 1913年 - リチャード・ミルハウス・ニクソン (Richard Milhous Nixon)-アメリカ合衆国の第36代副大統領および第37代大統領。(+ 1994年)
  • 1924年 - セルゲイ・パラジャーノフ (セルゲイ・パラジャーノフ)-映画監督、脚本家、画家、工芸家。アルメニア人。(+ 1990年)
  • 1938年 - 大林 宣彦 (オオバヤシ ノブヒコ)-日本の映画監督。

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忌日

  • 1873年 - ナポレオン3世 (Charles Louis-Napoléon Bonaparte)-フランス第二帝政の皇帝。(* 1808年)
  • 1923年 - キャサリン・マンスフィールド (Katherine Mansfield)-ニュージーランド出身の作家。(* 1888年)
  • 1927年 - ヒューストン・ステュアート・チェンバレン (Houston Stewart Chamberlain)-イギリスに生まれ、ドイツに帰化した人種主義者。(* 1855年)
  • 1968年 - 円谷 幸吉 (ツブラヤ コウキチ)-マラソン選手。(* 1940年)
  • 1983年 - 中川 一郎 (ナカガワ イチロウ)-日本の政治家。(* 1925年)

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誕生花

  • すみれ(黄)
  • 花言葉:慎しい幸福

「リチャード・ミルハウス・ニクソン(Richard Milhous Nixon)」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(http://ja.wikipedia.org/)。
2018年01月09日15時(日本時間)現在での最新版を取得。

「01月09日」 『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(http://ja.wikipedia.org/)。
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