今日は何の日? -2017年11月15日-|フィデリ・今日は何の日?

今日は何の日?2017年11月15日

ビジネスの出来事を中心に地球創世以来の出来事を紹介いたします

ビジネスイベント

2017年11月15日のビジネスイベントを紹介します

データがありません

▲ページトップに戻る

今日は何の日?

・かまぼこの日

平安時代の古文書に1115年の祝宴の膳にかまぼこが出されたという記述があることからかまぼこ業者が制定。1115年なので11月15日を記念日とした。

・一般鳥獣狩猟解禁

翌年2月15日まで。 北海道は10月1日〜翌年1月31日。

・きものの日

全日本きもの振興会が、きものの良さを知ってもらおうと制定した日。11月15日としたのは七五三で和服を着る機会が増えることから。



今日の人物

エルヴィン・ロンメル(Erwin Rommel)

「砂漠の狐」の仇名を持つドイツの軍人

ドイツ南部のバーデン=ヴュルテンベルク州のウルムから約50kmに在る小さな町ハイデンハイムでプロテスタント系の高等学校々長のエルヴィン・ロンメル(シニア)とヘレーネの次男として生まれた。ロンメルにはエンジニアになる希望があったが、父親に教師か陸軍士官になれと選択を迫られ、1910年にヴュルテンベルク王国の第124歩兵連隊に入営、プロイセン王国のダンツィヒ王立士官学校に進んだ。第一次世界大戦中にロンメルはルーマニア、イタリア、フランスの各戦線に従軍し、三度の負傷で一級および二級鉄十字章を授章した。さらに彼はイタリア北東部の山岳戦で多くの捕虜を取る著しい功績を挙げ、1917年12月に最高位のプール・ル・メリット勲章を授章し、その年の最年少授章者となった。1915年に彼は中尉に昇進した。

第一次大戦後、ヴェルサイユ条約により10万人に限定された陸軍に選び残されたロンメルは、ドレスデン歩兵学校(1929年 - 1933年)、ポツダム歩兵学校の教官を務めた。プール・ル・メリット勲章を授章した山岳戦の経験を著した『歩兵攻撃』は1937年出版され、50万部を売り切った。アドルフ・ヒトラーも読者であった。1938年には大佐に昇進し、ウィーン郊外のマリア・テレジア女王の名を冠する陸軍士官学校の校長に任命された。1939年には総統大本営警護大隊の指揮官に任命されて、ポーランド侵攻では前線近くに停められた総統専用列車「アメリカ」の警備にあたった。ロンメルはポーランド侵攻前の8月1日に遡及して少将に昇進。フランス 1940年5月に開始されたフランス・ベネルックス諸国への西方電撃戦では第7装甲師団長を務め、真っ先にムーズ川(ミューズ川)を渡り英仏軍をフランス本国から切り離す一番槍を上げ、アラスでシャルル・ド・ゴール大佐らが率いる英仏戦車隊を撃退するなど、連合軍に幽霊師団と仇名される神出鬼没の働きで勇名をはせ、中将に昇進した。自ら偵察機や指揮装甲車に搭乗して最前線で指揮を執り兵士と苦楽を共にする彼の用兵術は、ドイツ軍人精神の模範とされ、兵士に実力以上の能力を発揮させた。

アフリカ ドイツアフリカ軍団を指揮して装甲兵大将に昇進、歩兵が防御し装甲師団が迂回包囲する「一翼包囲攻撃」を多用し、寡兵で連戦連勝を続け、ドイツ軍史上最年少で元帥に昇進した。当時、「砂漠の狐」と仇名され、英軍に「我等が敵ロンメルは巧みな戦術家ではあるが人間である。あたかも彼が超自然的能力を持っているかのように評価するのは危険であり、戒めねばならない」とまで言わしめた。エル・アラメインの戦いで敗北後、アフリカを離れる。ノルマンディー 1943年半ば以降はドイツ西方軍のB軍集団長としてノルマンディーに展開して連合軍の迎撃準備に専念した。上陸時の水際で撃滅することが肝要であると訴え、上陸第一日を「最も長い日(The longest Day)」と呼んだ。英米の航空戦力を評価しない上層部は、上陸させた後に装甲師団で叩く戦術を優先するが、1944年のノルマンディー上陸作戦時には敵の制空権下の味方の装甲師団の活動は大きく制約され、有効な反撃を出来なかった。

1944年7月17日、ノルマンディーの前線近くを走行中のロンメルの乗用車が英空軍の第602戦闘機中隊のスピットファイアによって機銃掃射され、彼は頭部に重傷を負い入院した。一方、7月20日のヒトラー暗殺計画の失敗後、ロンメルのB軍集団の参謀長のハンス・シュパイデル中将(戦後西ドイツ軍及びNATOの重鎮となる)が反ナチ派だったことから、彼は計画への関与を疑われた。マルティン・ボルマンはロンメルの関与を確信し、ヨーゼフ・ゲッベルスはその関与を疑った。

1944年10月14日、療養先の自宅を訪れたヒトラーの使者の二人の将軍にロンメルは反逆罪で裁判を受けるか自殺するかの選択を迫られ、裁判を受けても死刑は免れず、粛清による家族への波及を恐れたロンメルは「私は軍人であり、最高司令官の指揮に従う」と言い、暗殺事件への関与に関して何一つ弁明もせず服毒自殺を遂げた。ドイツの英雄であるロンメルの死の真相は公にされず、戦傷によるものと発表され祖国の英雄としてウルムで盛大な国葬が営まれた。しかし、ヒトラーは会葬しなかった。ロンメルの計画への関与の真偽は不明である。戦後、彼の妻ルーシー・モリンはロンメルがヒトラー暗殺計画に反対していたと主張した。

戦中の行為からナチス指導者やほかの多くのドイツ軍人が非難されるなか、ロンメルだけはドイツのみならず、敵国であったイギリスやフランスでも肯定的に評価されることがある。



プレスリリース

2017年11月15日のプレスリリースを紹介します

2017年11月15日のプレスリリースはございません。

▲ページトップに戻る

ビジネスセミナー

2017年11月15日開催のビジネスセミナーを紹介します

2017年11月15日開催のビジネスセミナーはございません。

▲ページトップに戻る

出来事

  • 1903年 - 『萬晩報』を退社した幸徳秋水らが平民社を設立、『平民新聞』を発刊。
  • 1920年 - ジュネーブで国際連盟の第1回総会が開催。
  • 1942年 - 関門鉄道トンネルが旅客営業開始。
  • 1945年 - 台北帝国大学が中華民国に接収され、台湾大学となる。
  • 1955年 - 自由党と日本民主党が合併し、自由民主党が誕生。
  • 1964年 - シンザン号、菊花賞を制して日本競馬史上2頭目の三冠馬となる。
  • 1975年 - 第1回主要先進国首脳会議サミットがフランスのランブイエで開催される。
  • 1977年 - 新潟市で横田めぐみさんが下校途中に北朝鮮の工作員に拉致される。
  • 1982年 - 上越新幹線の大宮駅〜新潟駅間が開通。
  • 1983年 - 北朝鮮が冷凍船第18富士丸を南浦港で拿捕、紅粉勇船長ら乗組員を抑留。
  • 1986年 - 若王子信行三井物産マニラ支店長が誘拐。
  • 1986年 - 伊豆大島の三原山が 209年ぶりに噴火。
  • 1999年 - H-IIロケット8号機打ち上げ。
  • 2000年 - 交通バリアフリー法施行。

▲ページトップに戻る

誕生日

  • 1872年 - 岡本 綺堂 (オカモト キドウ)-新歌舞伎を代表する、明治の劇作家。(+ 1939年)
  • 1877年 - ウィリアム・H・ホジスン (William Hope Hodgson)-ホラー小説家、海洋冒険小説作家。(+ 1918年)
  • 1891年 - エルヴィン・ロンメル (Erwin Rommel)-「砂漠の狐」の仇名を持つドイツの軍人。(+ 1944年)
  • 1905年 - 原 民喜 (ハラ タミキ)-小説家。(+ 1951年)
  • 1939年 - 加藤みどり (カトウミドリ)-サザエさんの声優。

▲ページトップに戻る

忌日

  • 1630年 - ヨハネス・ケプラー (Johannes Kepler)-ドイツの数学者、自然哲学者・占星術師。(* 1571年)
  • 1853年 - マリア2世 (Maria II de Portugal)-ポルトガル・ブラガンサ王朝の統治女王。(* 1819年)
  • 1908年 - 西太后 (セイタイゴウ)-清の咸豊帝妃で、同治帝の母。(* 1835年)
  • 1917年 - エミール・デュルケーム (Émile Durkheim)-フランスの社会学者。(* 1858年)
  • 1919年 - アルフレート・ヴェルナー (Alfred Werner)-アルザス出身のスイスの化学者。(* 1866年)
  • 1963年 - フリッツ・ライナー (Fritz Reiner)-ハンガリー出身の指揮者。(* 1888年)
  • 1969年 - 伊藤 整 (イトウ セイ)-評論家、詩人、小説家。(* 1905年)

▲ページトップに戻る

誕生花

  • バラ(オレンジ)
  • 花言葉:すこやか

「エルヴィン・ロンメル(Erwin Rommel)」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(http://ja.wikipedia.org/)。
2017年11月15日15時(日本時間)現在での最新版を取得。

「11月15日」 『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(http://ja.wikipedia.org/)。
2017年11月15日15時(日本時間)現在での最新版を取得。