今日は何の日? -2016年12月16日-|フィデリ・今日は何の日?

今日は何の日?2016年12月16日

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今日は何の日?

・念仏の口止め

正月の神様(年神様)は念仏が嫌いであるとして、この日の翌日から1月16日の「念仏の口明け」までは念仏を唱えないというしきたりがある。この日はこの年最後の念仏を行いう日となる。

・紙の記念日

1875年のこの日、元幕臣の渋沢栄一が設立した東京の抄紙会社が営業運転を開始したことによる。こちらは王子製紙の前身。

・電話の日

1890年のこの日、日本で初めて電話が開通したことに由来する。



今日の人物

ルートヴィヒ・ファン・ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven)

ドイツ古典派音楽家

1770年12月16日、神聖ローマ帝国(現在のドイツ)のボンにおいて、父ヨハン、母マリアの長男として生まれる。幼いころは、歌手であった祖父の支援により生計を立てていた。幼少の頃より酒飲みの父親から強制的な音楽の教育を受け、10代のころには、父に代わって家計を支えていた。父の目的は金であった。ベートーヴェンの才能を利用して金を得ることしか考えていなかった。父親は歌手だったが、尋常でないほどの酒飲みであり、それが元で喉を患っていたためまともな収入がなかった。母親は父親とは対照的にベートーヴェンを大切に育てた。ベートーヴェンの才能が認められ、初めて収入を得たときには涙を流して喜んだという。

1778年、ケルンのシュテルンガッセ音楽堂での演奏会に出演する。このとき、年齢を若く偽っていた。この頃、作曲家のクリスティアン・ゴットロープ・ネーフェに師事し、その音楽性に大きな影響を受けた。

1787年、16歳のベートーヴェンは初めてウィーンでモーツァルトに出会う。そしてついにモーツァルトの弟子になることが決まった。だがこの年、最愛の母マリアが病気のため亡くなった。このためベートーベンは、酒に溺れて浮浪者のような父とまだ幼い二人の弟たちの世話をせざるを得なくなり、音楽の勉強もままならない時期があった。そのようなつらい時期を乗り越え、22歳ではヴィーンで活動を開始、ハイドンに師事する。当初はピアノの即興演奏で名声を高めた。この時、父ヨハンが亡くなる。20歳代後半から持病の難聴が悪化し、32歳のとき「ハイリゲンシュタットの遺書」と呼ばれる遺書を書くが、このときの絶望から再起し、34歳のときに交響曲第3番「英雄」を発表。その後約10年間にわたって中期を代表する名作が次々に書かれ、ベートーヴェンにとっての「傑作の森」と呼ばれる時期となる。

「英雄」交響曲については、ベートーヴェンはフランスにおいて破竹の進撃を見せていたナポレオンを念頭に第3交響曲を書き上げたが、ナポレオンが皇帝になったと聞いて『彼もまた、俗物であったか』と激怒し、作曲したばかりの楽譜をばらばらに引きちぎってしまったという逸話があり、楽譜の最初のページに書いてあったナポレオンへの献呈の言葉を荒々しく消したペンの跡が現在も確認できる。このように、ベートーヴェンは政治的には自由主義者、共和主義者であり、このことを全く隠さなかったため、19世紀に入って敷かれたメッテルニヒによるウィーン体制のもとでは「反体制分子」と見られ、周囲にはスパイがつけられていたと言われている。1812年、テプリチェにおいてドイツを代表する文豪ゲーテと会い、二人で散歩をしていた際に、オーストリア皇后の一行と遭遇した。ゲーテが脱帽・敬礼をして一行を見送ったのに対してベートーヴェンは昂然として頭を上げ行列を横切ったというエピソードも残されている(このため、ゲーテはベートーヴェンと絶交してしまったという。また、ハイドンとの関係についても似たようなエピソードがあると伝えられている)。

晩年は、慢性的な腹痛や下痢など徐々に悪化する体調に加え、甥カールをめぐる養育権争いやカールの自殺未遂事件が起こり、私生活では苦悩の日々を送っている。しかし交響曲9番やミサ・ソレムニスといった大作を発表した前後からの晩年の作品群は、難解かつ崇高な精神性を湛えており、ベートーヴェンが最後に到達した境地の高さを示すものとなっている。

1826年、もはやベートヴェンは病に罹っており、シューベルトなどが見舞いに訪れるなどしていたが、翌年1827年3月26日、その波瀾に満ちた生涯を終えた。享年56。葬儀にはのべ3万人もの人々が駆けつけ、異例のものとなった。 伝説によれば、ベートーヴェンの臨終の間際、すさまじい雷鳴とともに稲妻が閃いたが、彼は右手の拳を振り上げ厳しい挑戦的な顔をし、遥か高みを数秒間にらみつけた後、その目を永遠に閉じたのだという。そして彼は臨終際、Plaudite, amici, comedia finita est.(諸君、喝采を、喜劇(お芝居)は終わった)と発したとも伝えられている。



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出来事

  • 1653年 - オリバー・クロムウェルがイングランド・スコットランド・アイルランドの護国卿になる。
  • 1773年 - ボストン茶会事件。
  • 1929年 - 東京駅の八重洲口が開業。
  • 1932年 - 東京日本橋の白木屋百貨店で火災。
  • 1936年 - 柴犬が天然記念物に指定。
  • 1941年 - 戦艦大和竣工。
  • 1944年 - ナチス・ドイツ軍によるアルデンヌ攻勢が始まる。
  • 1949年 - 毛沢東がソ連初訪問。
  • 1957年 - 東京23区のゴミの夢の島への埋め立て開始。
  • 1971年 - 第3次印パ戦争終結、パキスタンがバングラデシュの独立を承認。
  • 1971年 - 札幌市営地下鉄南北線の北24条駅〜真駒内駅間が開業。
  • 1972年 - 横浜市営地下鉄ブルーラインの伊勢佐木長者町駅〜上大岡駅間が開業。
  • 1988年 - 北海道の十勝岳が噴火。
  • 1989年 - ルーマニアのティミショアラでラースロー司教国外退去への抗議デモに対し治安部隊が発砲、ルーマニア革命の発火点となる。
  • 1997年 - テレビアニメ『ポケットモンスター』を見ていた人々が痙攣(けいれん)などの症状を起こす。→ポケモンショック
  • 2004年 - 立川反戦ビラ配布事件第一審無罪判決。

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誕生日

  • 1770年 - ルートヴィヒ・ファン・ベートーヴェン (Ludwig van Beethoven)-ドイツ古典派音楽家。(+ 1827年)
  • 1775年 - ジェーン・オースティン (Jane Austen)-イギリスの小説家。(+ 1817年)
  • 1882年 - コダーイ・ゾルターン (Kodaly Zoltan)-ハンガリーの作曲家、民族音楽学者、教育家、言語学者、哲学者。(+ 1967年)
  • 1932年 - 山本 直純 (ヤマモト ナオズミ)-作曲家、指揮者。(+ 2002年)
  • 1938年 - 望月三起也 (モチヅキ ミキヤ)-神奈川県横浜市出身の漫画家。
  • 1949年 - 森田 健作 (モリタ ケンサク)-東京都大田区出身の俳優、歌手、政治家。

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忌日

  • 1598年 - 李 舜臣 (リ シュンシン)-文禄・慶長の役時の李氏朝鮮の将軍。(* 1545年)
  • 1774年 - フランソワ・ケネー (Francois Quesnay)-フランスの経済学者、医師。(* 1694年)
  • 1859年 - ヴィルヘルム・グリム (Wilhelm (Karl) Grimm)-文献学者・グリム兄弟の弟。(* 1786年)
  • 1907年 - 浅井 忠 (アサイ チュウ)-明治期の洋画家。教育者としても貢献した。(* 1856年)
  • 1980年 - ハーランド・デーヴィッド・サンダース (Harland David Sanders)-ケンタッキーフライドチキンの創業者。(* 1890年)
  • 1988年 - 小磯 良平 (コイソ リョウヘイ)-昭和期に活躍した、日本を代表する洋画家。(* 1903年)
  • 1993年 - 田中 角栄 (タナカ カクエイ)-第64代、第65代内閣総理大臣。(* 1918年)

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誕生花

  • はんの木
  • 花言葉:荘厳

「ルートヴィヒ・ファン・ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven)」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(http://ja.wikipedia.org/)。
2016年12月16日15時(日本時間)現在での最新版を取得。

「12月16日」 『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(http://ja.wikipedia.org/)。
2016年12月16日15時(日本時間)現在での最新版を取得。