今日は何の日? -2017年02月27日-|フィデリ・今日は何の日?

今日は何の日?2017年02月27日

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2017年02月27日のビジネスイベントを紹介します

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今日は何の日?

・新選組の日

1862(文久2)年、「新選組」の前身「壬生浪士組(壬生浪士隊)」が結成された。壬生浪士隊は、清河八郎の提案で、事件が頻発している京都の警護に当る為に幕府が江戸で募集をしたもの。翌1863年2月に江戸を出発したが、京都に着いた途端、清河が壬生浪士組の目的は尊皇攘夷だと言い出したため、浪士組は空中分解してしまった。まもなく幕府の帰還命令を受けて清川ら209名は江戸に戻ったが、近藤勇・芹沢鴨・土方歳三ら24名はそのまま京都に残留し、京都守護職で会津藩の松平容保の配下に入って、8月に「新選組」と改称した。 その後、約4年間にわたり、京都で尊皇攘夷派・倒幕派の弾圧を行なった。



今日の人物

金子 直吉(カネコ ナオキチ)

「財界のナポレオン」と言われた実業家

慶応2年(1866年)、現在の高知県吾川郡仁淀川町で商家の子としてに生まれる。一家は直吉の幼少期に現在の高知市に移り住む。10歳頃から紙くず拾いや砂糖店や乾物屋、質屋への丁稚奉公へ出た。明治19年(1886年)、20歳で神戸の砂糖問屋、鈴木商店に入る。鈴木商店はすでに神戸八大貿易商の一つに数えられるようになっていた。明治27年(1894年)に当主の鈴木岩次郎が死去すると、未亡人の鈴木よねが金子と柳田富士松の両番頭に委任し、事業を継続する。

明治32年(1899年)、金子は当時台湾総督の後藤新平と交渉し、専売制を目論んでいた後藤と通じ、台湾樟脳油の販売権のうち65%を獲得。虫除けの必需品で、欧米にも輸入し大きな利益を上げた。明治35年(1902年)に鈴木商店が鈴木合名に改組されたときには、社員(出資者の意味)に加えられた。明治36年(1903年)に住友樟脳製造所を買収。福岡県に大里製糖所を設立した。明治38年(1905年)、神戸製鋼所の前身の小林製鋼所を買収、大正4年(1915年)には米沢の織物工場を買収し人造絹糸の事業を始める(のちの帝人)。

大正3年(1914年)、第一次世界大戦が始まると、世界中で投機的な買い付けを行う。金子同年11月に当時ロンドン支店長の高畑誠一に宛て『BUY ANY STEEL,ANY QUANTITY,AT ANY PRICE.』と電報を打ったという。国内は鉄不足であったが、アメリカ向けに完成した船と引換に鉄で支払いを受けるとの交渉をまとめ大きな利益を得た。この利益で多くの企業を系列傘下に収め、工場を増やし、海外にも支店網を広げて、鈴木商店を一大コンツェルンに築きあげた。これらの事業拡大の資金を提供していたのは台湾銀行であった。

貿易を日本人の手にという情熱が初期の金子の原動力となっていたが、後に、その情熱は日本国内の三井、三菱という既成財閥に向かう。大正7年(1918年)7月23日から始まった米騒動の際は、米を買い占めているというデマが原因で、鈴木商店の焼打ちに発展する。この時、金子の首に10万円の賞金が掛けられたといわれている。この際に、金子は外国産米を輸入しようと奔走しており、まさに濡れ衣であったが、一切の弁明を行わなかった。しかし、この態度が一層の誤解を生む原因ともなった。

第一次世界大戦後の反動で株価、工業製品価格、船舶運賃がのきなみ下落。ワシントン軍縮会議の影響で日本海軍の艦船の建造が中止された影響も受けた。株式を上場せずに銀行からの借り入れのみで、運転資金をまかなっていた鈴木商店は大きな打撃を受ける。鈴木商店の資本金1億3000万円に対し、借入金が10億円を超えていた。

大正12年(1923年)9月1日、関東大震災が発生すると、政府は震災手形割引損失補償令を公布。これは震災前に銀行が割り引いた手形のうち、決済不能になった損失を日本銀行が補填するというものであった。この制度成立には、金子から政治家への働きかけがあったといわれている。鈴木商店と台湾銀行はこの制度を利用し、損失の穴埋めを行う。政府も黙認の態度をとっていた。

昭和2年(1927年)3月、金融恐慌が起こると、台湾銀行は、鈴木商店への新規融資を打ち切りを通告。三井物産や三菱商事のように系列銀行を持たなかったため資金調達が不能となり、4月5日、鈴木商店は事業停止・清算に追い込まれた。

高畑誠一らは鈴木商店の商社部門を引継ぎ日本商業(のち日商)として再出発したが、金子は高畑らとは別に、主家である鈴木家の再興を図って昭和6年(1931年)に太陽曹達の取締役に就任。後に太陽産業と名称を変えて、一時は神戸製鋼所などの20社以上を系列に持つなどした。台湾銀行の担保に取られていた帝人株を買戻したが、これに関連した汚職の疑惑が持ち上がった(帝人事件)。晩年まで北海道や南洋での開発事業を進めようとしていた。

子息に、東京大学文学部長を勤めた哲学者の金子武蔵がいる。



出来事

  • 1844年 - ドミニカ共和国がハイチから独立。
  • 1875年 - 日本初の近代的植物園・小石川植物園が開園。
  • 1936年 - 二・二六事件で東京市に戒厳令発令。
  • 2005年 - 東北新幹線 八甲田トンネル貫通。

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誕生日

  • 1861年 - ルドルフ・シュタイナー ()-思想家(+ 1925年)
  • 1863年 - ジョージ・ハーバート・ミード (George Herbert Mead)-シンボリック相互作用論の父として知られているアメリカの社会心理学者。(+ 1931年)
  • 1925年 - 豊田 章一郎 (トヨタ ショウイチロウ)-経営者
  • 1928年 - アリエル・シャロン (アリエル・シャロン)-イスラエル首相

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忌日

  • 1887年 - アレクサンドル・ボロディン (Alexander Porfir'evich Borodin)-ロシアの作曲家、化学者、医師。(* 1833年)
  • 1944年 - 金子 直吉 (カネコ ナオキチ)-「財界のナポレオン」と言われた実業家。(* 1866年)
  • 1989年 - コンラート・ローレンツ (Konrad Lorenz)-動物行動学者。(* 1903年)
  • 1993年 - 本多 猪四郎 (ホンダ イシロウ)-映画監督(* 1911年)
  • 2004年 - 網野 善彦 (アミノ ヨシヒコ)-歴史家。(* 1928年)
  • 2005年 - 那須 博之 (ナス ヒロユキ)-映画監督。(* 1952年)
  • 2006年 - フェレンツ・ベネ (Ferenc Bene)-ハンガリー出身のサッカー選手。(* 1944年)

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誕生花

  • オーニソラム
  • 花言葉:純粋

「金子 直吉(カネコ ナオキチ)」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(http://ja.wikipedia.org/)。
2017年02月27日15時(日本時間)現在での最新版を取得。

「02月27日」 『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(http://ja.wikipedia.org/)。
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